茶道に関する本で、もしかしたらもっとも有名なのが『茶の本』かもしれません。
文明開化で自国の伝統文化に目を背け、西洋化バンザイだった明治時代の日本で、「いや、日本文化にもいいところあるよ」と主張したのが、岡倉天心です。しかし、人々は彼の話に聞く耳を持たず、西欧ばかりに目を向けていました。
日本で孤立してしまった天心は、アメリカに渡りました。
当時のアメリカは、日清・日露戦争に勝ったアジアの小さな島国が、近代国家としての存在感を増していくのを注視していました。この頃に英語で書かれた新渡戸稲造『武士道』も、〈戦う国ニッポン〉を印象づけるのに一役買ったかもしれません。
そこで天心は、日本には、平和的で自然との共生を目指す美しい思想もある、と講演しました。その思想の真髄は、ただ一杯のお茶を飲むというありふれた行為の中にあるのだ、と主張したのです。講演は1906年に一冊の本『The Book of Tea』にまとめられました。
本書はやがて日本でも翻訳出版されるようになりました。それが『茶の本』です。わかりやすく意訳したもの、英語の原文を併録したものなど、さまざまな翻訳が出版されています。
わたしが今回おすすめするのは、『NHK「100分de名著」ブックス 岡倉天心 茶の本』(NHK出版)です。翻訳本ではなく解説書なのですが、『新訳・茶の本』
の著者・大久保喬樹氏が、自身の翻訳を引用しながら、天心の意図するところを噛み砕いて解説したもので、『茶の本』の全体像を概観するのにとても優れています。
なお、特別章で、『茶の本』を立体的に理解するための五冊の本、新渡戸稲造『武士道』、西田幾太郎『善の研究』、柳宗悦『雑器の美』、九鬼周造『「いき」の構造』、クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』について解説しているのも勉強になります。